バイマンスリーワーズ
Bimonthly Words
八風吹けども 動ぜず
「従業員を半減し、生産も半減するしかありません」
倒産が続出し、失業者が溢れた昭和初期の大不況では、
松下電器の従業員も解雇のうわさで浮き足立っていました。
そんな折、入院中の松下幸之助に経営幹部がこう進言しました。
幸之助は長い沈黙を保ったのちに口を開きました。
「会社の都合で人を採用したり、解雇したりというのは、
働く者も不安を覚えるやろ。ええか、一人も辞めさせたらあかん」
幸之助の決断は幹部とは真逆で、何よりも従業員を守ることでした。
時代は移り、パナソニック ホールディングスが、
グループ全体で1万人もの人員削減を発表しました。
一方的な解雇でなく退職金を上乗せする希望退職ですが、
創業以来の「人」を大切にする思想はどうなったのでしょう。
じつは、今回の人員削減は黒字を続けている上での発表であり、
三菱電機などの黒字企業も大幅な人員削減を行う予定です。
通常、リストラは赤字を脱出するために行われるのに、
大手の経営者が人員削減を進める背景には何があるのか…。
そこにはAI(人工知能)の台頭があるのではないか?
大手企業は大量のホワイトカラー人材を抱えており、
その仕事の多くがAIに代わるといわれています。
残された人材をどうするか、は深刻な問題です。
この問題は一般のホワイトカラー人材にとどまらず、
鍛えられたAIなら経営者の仕事まで奪うかも知れません。
人間関係よりも難しい AIとの関係作り
AIは大局観に優れ、人々の意見をまとめる能力が高いらしい。
経営方針を決める会議に経営参謀としてAIに同席させ、
様々な意見が出尽くしたタイミングで質問すると、
思ってもみなかったアイデアが出るという。
中国の福建省には最高経営責任者(CEO)の肩書きをもち、
4千人もの社員の特性をつかんでいるAI社長がいる。
業務データを学習し、人事考課は人間よりも公正で、
個別にキャリア形成の支援までやってのけるらしい。
こんな驚異的な能力を持ったAIの特徴は、
報酬がゼロで24時間365日働いていること。
ソフトバンクの試算では30万倍の生産性改善であり、
大手がホワイトカラーの大幅削減に踏み切るのも当然です。
経営者は好況・不況の風が吹くたびに、
柔軟に意思決定を変化させねばなりません。
近年では、働き方改革、情報システムの変更など、
会社運営のルールを大きく変化させる風も吹いています。
そんな所へ急激なスピードでAIが乗り込んできました。
これまでに経験したことのない異次元の脅威ですが、
私たちはAIたちとうまく付き合っていけるのか、
AI関係を作ることは、人間関係よりも難しい。
AI以外にも様々な風が吹き荒れていますが、
私たち経営者はどのような姿勢で臨めばいいのか…。
吹き荒れる煩悩の風に 支配されてはならない
~ 八風(はっぷう)吹けども 動ぜず ~
中国の詩人・寒山が詠んだものとされ、
心の置き所を説いた「禅語」になっています。
「どんなに苦しい修行であっても、
決して動ずることなく、耐えて精進せよ」
このような意味に解釈できますが、真意は違います。
ここでいう“八風”つまり“八つの風”とは、何なのか?
経営をしていると、順風もあれば、逆風もあります。
利益が出たら誉められて、嬉しい気持ちで一杯になり、
赤字になれば厳しく評価され、暗い気持ちに包まれます。
不祥事を起こすと非難を受け、辛くて悲しくなるでしょう。
八つの風とは、外から受ける風ではありません。
じつは経営者の心の中は日々の経営活動の中で感じた、
喜びや悲しみなど、さまざまな“煩悩”で溢れています。
そんな心の動きから生まれた“煩悩の風”が八つの風の正体です。
“八風吹けども動ぜず”とは、
嬉しい、楽しい、悔しい、悲しい…
といった、さまざまな“煩悩の風”に、
心が一喜一憂してはならない、との教えです。
しかし、人間である限り、仲間と歓びを分かち合い、
時には、悲しい気持ちを表現してもいいのではないか。
経営者だからといって、一喜一憂して何がいけないのか?
じつは、この禅語の教えの真髄は、その後半にありました。
“天辺の月”とは「本当の自分」のこと
~ 八風吹けども動ぜず 天辺(てんぺん)の月 ~
動じない心とは、天辺の月のことをいう。
それは天に浮かび、凛として輝いている月であり、
風が吹いても嵐が吹いても、揺るぎもせずに輝いている。
自分という存在は三種類あると言われています。
「他人から見た自分」
「自分から見た自分」
そしてもう一人、「本当の自分」がいます。
「本当の自分」とは、純真な、素直な心であり、
この本当の自分こそが、“天辺の月”なのでしょう。
何事にもとらわれない、素直な自分がいることに気づき、
煩悩の風やAIの風にも揺るがない、不動の心で輝いていたい。
~ 好況よし 不況さらによし ~
松下幸之助は「不況こそ日頃の勉強の成果が出る」として、
物事に執着せず、考え方に幅を持たせる経営姿勢を貫きました。
素直な心を天辺の月に置き、不況にも強い精神を鍛え上げたのです。
AIの進展は経営者の人事方針に揺さぶりをかけるでしょう。
幸之助はどんなに苦しくても、社員を辞めさせなかった。
その根本にある「弱者への思いやり」はブレなかった。
今こそ「人」に対する信念を固めておきたいと思います。
中秋の名月の次に美しいとされるのが十三夜の月で、
十五夜と合わせて見ると縁起がよいといわれます。
晴れた空に美しい月を見ることができたなら、
何かいいことがあるかもしれません。
