バイマンスリーワーズ
Bimonthly Words
人生 正々堂々
新年明けましておめでとうございます。
おかげをもちまして、このバイマンスリーワーズも13年目に入りました。
振り返れば1991年からのスタートですから、収縮する経済状況での励ましのメッセージであったことになります。
日本経済は形こそ態を維持しているように見えますが、その実は“死に体”同然。企業の血液である資金を送り出す金融機関は重度の心臓病。その合併症で各臓器(業界)の機能は大幅に低下、頭脳や精神面にも影響が出ています。
また今年も私達中小企業経営者にとっては、より厳しく、その道のりは胸突き八丁にあるといわざるを得ません。脅しではありませんが、昨年以上に倒産・廃業する企業が増え、新陳代謝が進む年になるでしょう。不要なものは消え去るしかありません。これは人間の力ではどうしようもない自然の摂理です。だからこそ不要な企業にならないようにすることが私達企業経営者の努めではないでしょうか。
小さくてもいい、政治家や役人に頼らないしっかりとした経営者が、日本中のあちこちでキラリと光る企業運営をすることができたら、どんなに素晴らしいでしょう。
ネオンサインのような派手な光でなくていい、小さなロウソクの灯火で一隅を照らすことも大いなる価値があるのです。
灯火とは何でしょうか? 灯火とはそれ自体に価値があるものでなく、人々の眼を開けさせ、自分で行動をさせる手助けとなるものです。
ならば企業の灯火とは、経営者のリーダーシップということになります。
リーダーシップが事業をやるのではありません。優れた指導者が社員を正しい方向に導き、行動を起こさせることで事業の運営が成り立つわけです。
なるほど・・・。
でもいかがでしょう、優れた指導者のリーダーシップもわずかな風でその輝きを失い、時には消え失せてしまう、はかなさ、弱さも合わせ持っているのではないでしょうか。
リーダーシップが弱まるとき
指導者のリーダーシップが弱まるのはどのような時なのか、少し考えてみたいと思います。
まずは《隠しごとをしている時》です。
昨年、食品衛生法では認められていない食品添加物が肉まんに混入されていたことから、急激に業績を落としたミスタードーナツのダスキン。中国での生産加工だったので、情況によれば「事故」として認識されていたかも知れないのに、ダスキンの経営陣はこの事実を隠匿。関係者に6300万円もの口止め料を払っていました。「この秘密は墓場まで持っていけ!」と担当役員に指示したとされる千葉弘二前会長は不祥事を永久に隠そうと画策しました。こうなれば明らかに「事件」です。
市場は敏感に反応しました。それは食品添加物への恐れよりも、卑怯な経営陣に対する反抗でした。「祈りの経営」を指導理念とした経営者でも、隠しごとをすれば一挙に力を失うのです。
《リーダー自身が甘い待遇を受けている時》もリーダーシップが弱まるでしょう。
仮にあなたが、社内の誰よりも高い報酬を取るトップの座にいるとしましょう。そこで急激に業績が悪化しました。社員に対して経費や人件費の圧縮を訴えねばなりません。
さあ、あなたは強い口調で指示ができるでしょうか?アメリカ、中国、インドなど未だに民族差別や階級制度の悪習が残る国ならいざ知らず、今の日本で指導者だけがぬくぬくとした待遇にあって、説得力のある話ができるはずがありません。
指導者の実力に合わない高い地位や報酬は、その余分のところが指導者への「負い目」となります。それは「おんぶお化け」のようにあなたの両肩にズッシリと乗っかり、足を引っ張るのです。
そして、なんといっても《自分自身に自信が持てない時》のリーダーシップは大幅に弱まります。
たいていの日本の経営者は、ここ十年余り経営環境の大きな変化の波に乗れず、苦境に立たされています。過去に大きな成功体験をした人ほど、何をやってもうまくいかず、自信喪失状態。いったい何が問題なのか、私はどうすればいいのかと、あせり、もがいています。
この状態が続くと「何がわからないのか、わからない」ことになります。今の自分の状態を見出す視点を持っていないからです。
これは勉強不足から起こる症状です。人は勉強を怠ると自分のやっていることがわからなくなります。
質問をしても返答のできない幹部社員、社内外の問題に対する解答を持たないトップ、こういった現象は経営に対する勉強があまりにも足りない証拠です。
自信をなくすと自分のことばかりを考える
さて、いかがでしょう。
リーダーが隠しごとをしていてリーダーシップが発揮できるでしょうか?
奥底にある真実を隠そうとすると、なにかしらごまかしや曖昧さがでてくるもので、身近にいる人はそれを敏感に感じ取り、心理的に遠ざかっていくでしょう。
リーダー自身がいい待遇に甘んじて、苦しんでいる人に強いことが言えるでしょうか?
縮小政策をとるなら思い切った内容でなければ成果はでません。思い切った内容とは、リーダー自身が思い切ることです。誰よりも先んじて人の上に立つ者が己の報酬や地位をドンと下げ、自己犠牲を払うことが思い切ったことなのです。
そして何よりも、企業のリーダーである経営者が自信をつけないと根本的な改革は実現しません。自信のない上滑りのリーダーシップに誰がついてくるでしょうか。
自信が持てない理由が勉強不足にあることを先に述べました。しかし、勉強を重ねるのは最低条件にすぎません。では根本原因は何なのでしょうか?
じつは、自信が持てない根本原因は「自分のことばかりを考えている」からなのです。
思い出してください。業績が成長軌道にあった時は、お客様からの要望に応えるのが精一杯で、自分の利益や社内のことを考える余裕はなかったでしょう。自分以外のことに関心が向いていたはずです。
ところが少しばかりの財産や地位を得たばかりに、「このままでは財産が失われていく」「自分のことを人はどう批判するだろうか・・・」という恐怖に近い観念に取りつかれます。
人は自信をなくし始めると悉く自分のことばかりを考えてしまうのです。
「死ぬほどの大病を患った経営者は本物である」といわれますがなぜでしょう?
それは、いったん命を失ったも同然で生還したわけですから、もう自分が失うものは何もないという心境に近づきます。だから勇気ある決断、行動ができるわけです。
勇気とは自分を捨て去ることであり、自分のことをまったく考えない状態の時に生まれるのです。
策を弄さず、正々堂々と
繰り返します。
時代の中で不要な企業は消滅しなければなりません。これは自然界の掟であり、経済界でも厳然と存在するルールなのです。
その時に財産や地位そして名誉まで失う人が増えるでしょう。でも「人間としての信用」までを失ってはなりません。
財産や地位は取り戻すことができますが、一度失った人間としての信用は、人々の心の奥底に「あんな卑怯なことをする人間だったのか!」と強烈に焼き付けられ、その回復はほぼ不可能です。企業としての信用は失っても、人間としての信用を失わないようにしたいのです。
倒産した社長が集まる「八起会」の代表、野口誠一氏は
「倒産は経営の失敗であって、人生の失敗ではない」
と言います。名言です。
経営で失敗し、すべての財産をなくしても命まではとられません。人間としての信用を残っておれば、人生のやり直しはできるんだ、ということでしょう。
それでは、人間としての信用を失わないためにはどうすればいいのか?
それは、どんな状態に置かれても卑怯な手段を選ばず、正々堂々とふるまうことではないでしょうか。
隠しごとをしない、ウソをつかない、自分だけの甘い汁は吸わない、といった人間として当たり前の姿勢を貫くことです。
倒産直前の財産移転、詐欺まがいの計画倒産、そして夜逃げ・・・。自分だけが生き延びようとするこのような卑怯な行為はいずれ自分を苦しめ、後悔を残すことになります。
策を弄さず、正々堂々とした態度を貫いてこそ、輝ける人生が開けるのではないでしょうか。
もちろんこれは、今、順調な業績の企業(これはたまたまであることが多い)でも同じこと。
自分だけが生き延びる、自社だけが儲けようという、エゴで姑息な考えはいずれ天罰が下ることでしょう。
正月早々、冷や水を浴びせるような話になってしまいました。
でも現実問題としてこれまで以上に企業の倒産・廃業があるでしょう。その余波がどのようにかかってくるかまったくわかりません。
ですからあなたの会社が絶対にその中に入らないように、今年はフンドシを締めてかかろうではありませんか。
