経営者視点になったつもりの擬態に立ち向かう ―(1)あなたは本当に「判断」しているか?
以前のブログ(https://k-dai.jp/blog/4968/)で、経営的視点を育むための『3つの問い』と『3つの囚われ』についてお伝えした。
しかし、リーダーたちと対峙する中で、これらを理解していても、なお経営者視点に立てないケースがある。
その正体は何か?
それは、『経営者視点に立っているつもり』という巧妙な擬態である。
経営者の最大の役割は、適切な意思決定を下すことである。
しかし、「適切な意思決定をしたつもり」になっているだけで、実際は判断していない、つまり判断から逃避している場合である。
(これを「判断の逃避症候群」と呼ぼう)。
もう一つは、「ちゃんと考えているつもり」になっているだけで、実際には大局的思考ができてない、つまりさらに深く・広く思考することをやめている場合である。
(これを「思考の停止症候群」と呼ぼう)。
この「判断の逃避症候群」と「思考の停止症候群」が、経営者視点が本当の意味で身につかない原因になっている場合がある。
今回は、このうち「判断の逃避症候群」についてもう少し深掘りしてみたいと思う。
判断の逃避は、さらに3つの擬態がある。
①「民意」という名の責任逃れ(社員代弁型)
「現場の声を届けるのが私の役割なので」
「みんながそう言っているので、無視するわけにもいかなくて」
「社員からこんな不満が出ています」「みんながこう言っています」と、社員を代表して、「民意」を自分が代弁しているという擬態である。
「民意」を盾に、善意の第三者を装い不満を届ける。
経営者は、あたかも生徒会長のような社員の代表ではない。
この擬態は、「個」としての判断から逃避している。組織の意見という安全地帯に身を置くことで、自らの意思を持って判断することから逃げているだけである。
社員の声を単に「吸い上げる作業」で終わらせないことが、経営者視点に立てるかどうかの分岐点となる。
自分は目の前の社員の「機嫌取り」が大切なのか。(嫌われたくないという恐怖)。
それとも「会社の未来」が大切なのか。(会社が永続的に発展することが社員の幸せに繋がるという信念)
「民意」を自らのフィルターを通し、経営課題としてどう「昇華」させるか(あるいはさせないか)、を考え抜き自ら判断するという「判断する勇気」を持たなければならない。
②「あるべき」という名の理想逃避(正論主張型)
「本来、経営というのはこうあるべきですよね」
「理想を描くことが何より大切だ!」
「本来はこうあるべきだ」という理想論で、現状の不足点を挙げ列ね、断罪するという擬態である。
「正論」を盾に、誰も何も言えず、その場が固まってしまう。
正論なら誰でも簡単に言える。しかし、経営とは、机上の空論ではなく、実行して結果を出さなければならない現実がある。ときには「泥臭い」実行の痛みが伴うこともある。
この擬態は、理想と現実の激しいトレードオフの中に身を投じ、具体的に前に進めるためにはどうすればよいかを考え判断することから逃げている。
実行に移せない、周りを動かせない正論はただの空論である。理想を語る自分に酔わず、「実行する責任」を引き受ける覚悟を持たなければならない、
③客観という名の主体喪失(評論家型)
「データを見ると、明らかにこの市場は厳しい状況です」
「客観的に分析すれば、今は動くタイミングではないですね」
緻密なデータ分析を行い、できない理由や外部環境客観的に解説する。
②とも類似しているが、あたかも第三者的に正論や客観的主張を繰り返す。
「客観」という武装で自分を「外野」に置き、自ら状況を打破するための判断から逃げている。
この擬態は、客観的データや分析をもとに、では自社のいまのこの現実のなかで、どうするのか? どうしたいのか? という自らの「主観」を放棄している。
単に「客観的な分析」で終わるのではなく、自らの「洞察」を加え、「で、自分はどうしたいのか」という「当事者意識」を持って自らの意志を宿さなければならない。
「データの先に答えはない。答えは常に、自らの「こうしたい」という主観の中にしかないのである。
| 擬態の正体 (タイプ) |
典型的な「ポーズ」 | 逃避している対象 | 真の経営者視点へのヒント |
|---|---|---|---|
| 正義という名の責任逃れ (社員代弁型) |
「みんながそう言っているので…」 | 「個」としての判断 (安全地帯への逃避) |
判断する勇気 民意を経営課題へ「昇華」させる |
| あるべきという名の理想逃避 (正論主張型) |
「経営はこうあるべきだ!」 | 「泥臭い」実行の痛み (空論への逃避) |
実行する責任 理想と現実の狭間で覚悟を持つ |
| 客観という名の主体喪失 (評論家型) |
「データを見ると今は動くべきではない」 | 自らの「主観」 (当事者意識の欠如) |
当事者意識 自らの「こうしたい」という意志を宿す |
経営者は、自ら「判断」することから逃げてはならない。上記3つにあてはまる節があれば、「判断する勇気」「実行する責任」「当事者意識」を持てているか、自問自答することから始めることである。