人を育てる極意③
前回まで(https://k-dai.jp/blog/4900/、https://k-dai.jp/blog/4904/)、「育つ立場にある人(部下や後輩など)とどう向き合うのか?」の観点から、“人として対等である”、“相手の成長を願う”ことの重要性を述べてきた。
今回は、「(育てる側の)自分自身とどう向き合うのか?」の観点から、育てる極意(人を育てるマインド)について取り上げてみたいと思う。
まず最初に、そもそも、なぜ人を育てる必要があるのだろうか?
企業の成長のため、組織の発展のため、会社の存続のため、全くその通りである。
ただ、それだけで、人を育て続けることは果たしてできるのだろうか。
忍耐、忍耐、また忍耐・・・
人を育てるには「忍耐」が必要である。
教えても教えても変わらない…
伝えても伝えても伝わらない…
言っても言っても同じことの繰り返し…
何度も諦めたくなる、相手を自分を責めたくもなる。
怒り、腹立たしさ、不安、やるせなさ、
自分との格闘は続く…
それでも、可能性を信じて…
それでも、あきらめないで…
励まして、勇気づけて、認めて…
とかく、人を育てるには「忍耐」が必要である。
自分のための動機
だからこそ、忍耐という苦行に耐えうる「会社のため」だけではない
「自分のため」という動機が大切だと思う。
育てることは自分にとってどんな意義があるのか。
育てることは自分にどんなメリットをもたらすのか。
では、「自分のために」人を育てる動機とはどのようなものか?
例えば、
- 育てることを通して自分が成長したい
- 教えること自体が好き、楽しい
但し、自己満足だけに陥らないように。
あるいは、
- 人に任せて、もっと自分がやりたいことをしたい
- 手離れして、これまでとは違う仕事をしたい
但し、放任主義に陥らないように。
あるいは、
- 他の人より教え上手でありたい
- 育てることで周りから評価されたい
- 自分のお陰で人が成長することが嬉しい
- 誰かの役に立ちたい
但し、「謙虚さ」を失わないように。
あるいは、
- とにかく部下を何とかしてあげたい
- 成長しようとしている部下を放っておけない
但し、過保護にならないように。
あるいは、
- このままでは仕事が回らない、自分が倒れる、やばい
但し、放任主義に陥らないように。
等々
自分にはどんな動機があるだろうか。
動機は人それぞれでよい。
もちろん上記以外でもよい。
大切なことは、自分が人を育てる動機に気付くことである。
成長の糧
その上で、特に、私が強調したい動機は、自分の成長の糧であるということ。
人を育てるということは、
悩み、葛藤、怒り、恐れ、不安、喜び、楽しみ、充実感、発見、気づき、焦り、後悔、反省等々
いろんな経験と巡り合える。
すなわち、それは、自分という人間を磨き、成長させる、絶好の機会といえる。
そう意味づけたとき、人を育てることは、自らを育てる貴重な修行の場となる。
焦らずに、大きな器と広い心を持ち
育てることは”忍耐”と肝に銘じて。
その試行錯誤、悪戦苦闘、臥薪嘗胆の経験は、
必ずや自分自身の”成長の糧”になると信じて。
かく、一人一人が己と真剣に向きあったときに、人は育つものである。
その結果、企業の成長、組織の発展、会社の存続へと繋がるのではないだろうか。
そう自分自身にも言い聞かせて。