右腕・後継者を育てるための“経営的視点”入門 ~③AI時代に差がつく「3つの問い」と「脱・囚われ」
前回のブログ(https://jinji.jp/hrblog/16442/)では、経営的視点を育むためのアプローチとして、
・経験をさせる(アウトプット)
・環境を与える(インプット)
・思考力を鍛える(プロセス)
の3つについて触れた。
経験や環境はある程度「設計」できるが、思考力は「内面」に踏み込むため、制度化が難しい。
そこで、今回は、「思考力を鍛える」ことに焦点をあて、もう少し解像度を上げてみたい。
3つの“問い”をもつ
まず思考とは何か?
-それは「考えること」である
では考えるとは何か?
-それは「問い」を持つことである。
良質な問いを持てると、良質な思考が促される。
つまり、経営的視点で考えることができない理由の一つは、
経営的視点からの問いを持てていないからである。
ではどんな問いを持つとよいのか?
汎用的かつ重要な問いを3つ挙げるとしたら、
「本当にそう?」
「そもそも何のため?」
「他にはない?」
だと考える。
優秀な経営者は孤独と闘いながらも、これらの問いを自問自答している。
「本当にそう?」は、批判的に物事を捉えてみるための問いである。
前例・常識・固定観念等、何かに囚われていないかを疑う問いである。
「そもそも何のため?」は、目的に立ち返ってみるための問いである。
本来向かうべき方向性や合目的な解決策になっているか立ち止まる問いである。
「他にはない?」は、選択肢を広げるための問いである。
抜け漏れがないか、視野が狭くなっていないか、多面的に捉える問いである。
他にもあるが、少なくともこれら3つの問いを常に持っておくことが重要である。
今後、生成AIが日進月歩するなか、選択肢や情報はすぐに大量に得ることができる。
それらに右往左往されず、適切な意思決定をするために、
これらの3つの問いを持つことが、これからますます重要になるのではないだろうか。
3つの“囚われ”からの解放
加えて、これらの問いを持ち、効果的に考えるためには、
“囚われ”を意識的に外すことが肝要である。
問いをそもそも持つことができない、
問いを持っているのに考えが及ばないといった場合に、
この“囚われ”が原因になっている場合が多い。
具体的には、
・成功/過去への囚われ
・常識/慣習への囚われ
・自分への囚われ
の三つである。
成功や過去に囚われると、過去の結果に固執し、前提(枠組み)の見直しを拒む。
また、過去の経緯やプロセスを絶対視し、新しいやり方を試さない。
そうすると、変化への適応が難しくなり、例えば、時代に合わない組織体制・業務フロー・人事制度・システム等を温存してしまう。
常識や業界の慣習に囚われると、業界内で当たり前とされている前提を疑わず、競争環境の変化や新しい市場を見落としてしまう。自社の常識は社会の非常識となり、ガラパゴスと化してしまう。
そうすると、既成概念の呪縛から抜け出せず、新しいアイデアの発想やイノベーションの創出が難しくなる。
自分に囚われると、判断の幅が狭くなったり、他者の視点を取り込めなくなったりし、自らの成長を阻害してしまう。経営者としての器を広げることが難しくなり、意思決定力を低下させてしまう。
これらの3つの“囚われ”に囚われていないか、自問自答することが大切である。
たとえば経営会議で一つの施策が提示された際、
「本当にそうか?」
「そもそも何のためか?」
「他にはないか?」
を順に自分に問う。そして、
「成功や過去に囚われていないか?」
「常識や慣習に囚われていないか?」
「自分に囚われていないか?」
を確認する。
根源的な動機
そして、最後にもう一つ、この“囚われ”に囚われないためのコツは、
「これまでと同じは嫌」「誰かと同じは嫌」「現状維持は後退」
といった根源的な動機あるいは前提を持っておくことである。
特に、「嫌」という強い否定の感情や、
「健全な危機感」や「違和感を大切にする習慣」、「新しいものを追求する好奇心」は、
囚われを打ち破るための内発的で強力なエネルギーとなる。
このエネルギーを原動力として、
過去の成功や常識・自己に安住せず、本当にそうか・何のためか・他にはないか、
こうした問いを持ち続けること自体が、経営的視点を育む最高の思考訓練ではないだろうか。
以上、この3回シリーズでは、右腕・後継者を育てるために、
「経営的視点を育む」という観点から、
・1回目では、そもそも「経営的視点」とは何かについて定義した。
・2回目では「経験・環境・思考力」の三位一体で育てることの大切さに触れた。
・3回目では「思考力」に焦点をあて、AI時代に差がつく3つの問いと脱・囚われの方法について整理した。
右腕・後継者を育てるとは、答えを教えることではなく、
経験や環境を与え、こうした問いと囚われに、共に向き合う姿勢を
体験することなのかもしれない。
貴社の人材育成の参考になれば幸いである。